
2025年、世界陸上・デフリンピックの東京開催に合わせ、2020年東京オリンピック大会における文化プログラムのレガシーを継承・発展させた新たな取組として「TOKYO FORWARD 2025」と名付けられた3つのアートプロジェクトが都内で展開されます。
そのひとつが「TOKYO わっしょい」。世界陸上開幕前夜から週末にかけての3日間にわたり、東京駅前・行幸通りを舞台に、個性豊かな東京の祭りが一堂に会しました。現代まで脈々と受け継がれる江戸文化の華やかさ・奥深さを感じられるイベントです。東京のど真ん中で、言語、年齢、障害の別なく、観光客と都民、観客と演者が混ざり合って生まれる熱気とうねり。残暑厳しい東京に、祭囃子が夏の終わりと秋の訪れを呼び込んだ開催初日9月12日(金)の様子をレポートします。
「誰もが輪の中へ。一緒に盛りあがろう!」
「TOKYO わっしょい」アンバサダー・林家たい平氏の号令で開幕!
特設ステージでのオープニングセレモニーからスタート。「TOKYO わっしょい」アンバサダーを務める落語家・林家たい平氏が開幕を祝って駆けつけました。「三度の飯より祭りが好き!」というたい平氏は地元の祭りにも毎年先陣をきって参加するそう。「東京には素晴らしい祭りがたくさんある。この3日間はそれらが一堂に会するめったにない特別な機会なので、ぜひ味わって楽しんでください」とイベントの魅力をアピールしました。

特設「櫓(やぐら)」で3日間を通して毎日プログラムの最後に開催される盆踊について、その楽しみ方を尋ねられると「踊れなくても輪の中に入ってみると、自然と身体が動いて楽しくなってくる。遠慮せずに、初めての人も久しぶりの人も、誰でもどんどん参加していただきたい。一体感を感じて、一緒に盛り上がりましょう!」とたい平氏。
セレモニー後半には小池百合子東京都知事もステージ上へ。「東京の祭りの独自性と多様性、江戸文化の奥深さと豊かさを感じていただきたい」とイベントに込めた想いを語りました。

林家たい平氏と小池百合子東京都知事の「TOKYO わっしょーい!」の号令とともに、「松本源之助社中」によるお囃子の音色が華を添え、会場を包む空気が一気にお祭りムードに。
江戸の町火消が空を舞う、華々しいオープニングパフォーマンス
開幕宣言のあとは、「一般社団法人江戸消防記念会」による木遣り(きやり)、纒振り(まといぶり)、梯子乗り(はしごのり)の連続パフォーマンス。
現代ではおめでたい席で披露されるという木遣り。今回は、「TOKYO わっしょい」の開幕を祝して「城内」が披露されました。

続く纒振りは、“江戸の町火消といえば!”という華やかさのある演目。「纒」とは町火消各組の象徴で、様々な形のデザインを施した上部の「陀志(だし)」は遠くからも見えるほどに大きく、それを「真竿(しんざお)」で支え、器用に回し振りながら、馬簾(ばれん)という細長い飾りを美しく舞わせるには、確かなバランス感覚と腕力が必要です。

最後を飾るのは、梯子乗り。高さ6.5mの梯子のてっぺんまでするすると登っていく姿は壮観。頂上で天を仰ぎ見る演技は、まるで空を舞っているような軽やかさがありました。高所で危険な作業をすることがあった町火消たちは、機敏さ、慎重さ、勇敢さを鍛えるため梯子を使って日夜訓練に励んでいたようです。自身の命を守るための訓練でありながら、江戸庶民にとってのエンターテインメントにも昇華してしまう姿は、「火事と喧嘩は江戸の華」という言葉に違わず、当時江戸中の注目を集める存在であった町火消の人気振りが垣間見える“粋”のあり方だといえるでしょう。

そして「一般社団法人江戸消防記念会」髙柳会長の発案で、まさかの飛び入り参加が急遽決まったたい平氏。上段まで登ったところで片手片足を離すアクロバティックなチャレンジに、観覧エリアはもちろん、演じ手の面々からも感嘆の拍手が。「皆さんとの信頼関係のおかげで思い切って楽しんで登れました!」と興奮気味に語るたい平氏の生き生きとした表情が印象的でした。

見て触って江戸文化を身近に感じられる体験ブースに、デフアスリートの陸上競技体験も
「TOKYO わっしょい」ではパフォーマンスプログラムだけではなく、「御輿(みこし)体験」「はち巻体験」「折り紙体験」「駕籠(かご)乗り体験」といった体験ブースエリアも外国人や家族連れで大いに賑わいを見せました。

「はち巻体験」では、2種類の「TOKYO わっしょい」オリジナルデザインはち巻からいずれかを選び、希望する巻き方をレクチャーしてもらえます。初心者におすすめなのは元気結びと猫耳結び、とのことで、早速猫耳結びにチャレンジ!手拭いの結び目が猫耳になるイメージで、なんとも可愛らしいはち巻が完成。はち巻はお土産に持ち帰ることができるので、会場内には素敵なはち巻姿の老若男女があちらこちらに。


「折り紙体験」では、提灯、金魚など日本を感じられるモチーフが選べます。富士山は難易度高めということで果敢にチャレンジしてみるも、自力では完成にたどり着けずスタッフの方に助け舟を出してもらいなんとか完成。親子でテーブルを囲んで教え合いながら折る姿や、折り紙を通して偶然隣に座った人とのコミュニケーションが生まれている姿が印象的でした。


「駕籠乗り体験」では、いなせな江戸っ子のイメージにぴったりの駕籠屋さんがお出迎え。駕籠に乗りこむと、「しっかり捕まっていてくださいよー!」という声とともに駕籠がぐっと持ち上げられ、慣れない浮遊感に思わず声が漏れてしまう場面も。「駕籠屋のお通りだー!」と決め台詞が痛快で、まるで江戸の町人が行き交う通りをかき分けて駕籠で運んでもらっているような、そんな姿を想像できる体験でした。

「世界陸上・デフリンピックPRブース(東京都)」では、大会を楽しむためのヒントが盛りだくさん。たとえばデフ陸上のスタートの合図には、音ではなく光が使われます。その光を選手に届ける「スタートランプ」を使って、視覚に集中してスタートを切るデフ陸上体験ができるコーナーは、実物に触れられる体験として特に人気を集めていました。また、世界陸上・デフリンピックに出場する選手に向けて応援メッセージを送るタブレットコーナーも。ガチャガチャを回して世界陸上・デフリンピックの記念グッズをお土産にもらえるのも嬉しい体験でした。

誰もが分け隔てなく、聞こえる人も聞こえない人も一緒にパフォーマンスを楽しむ
徐々に日が傾き、あたりは夕暮れに。特設「櫓」に灯る提灯の灯りがいっそう祭りの賑わいを引き立てます。パフォーマンスエリアで行われた「日本神輿協会」による「祭り神輿渡御」では、宮神輿と万燈神輿の二基がそれぞれ、東京駅側と皇居側から同時に登場。担ぎ手の熱気が丸の内の夜空に立ち上りました。

一方特設ステージでは、「大江戸助六太鼓 大江戸助六流 東京ろう者太鼓倶楽部 鼓友会」による和太鼓演奏が繰り広げられ、聞こえる人と聞こえない人が一緒に繰り広げるダイナミックなパフォーマンスに会場の注目が集まりました。和太鼓は音だけでなく、目線と振動でお互いのリズムを感じることで、一体感のある演奏をつくりあげることができるのだそう。

今回の「TOKYO わっしょい」では、すべての掲示物や配布物が日英併記されたほか、日英バイリンガルのMCによる逐次通訳と手話通訳を通じて、プログラムの解説やインタビューが行われました。また、ユニバーサルスペースでは、手話通訳の個別対応に加え、パフォーマンス中の掛け声がリアルタイムでモニターに字幕表示されました。さらに体験ブースには音声認識字幕アプリ用のタブレットが完備されるなど、言語や障害によらず誰もが同じ空間で楽しめる工夫が会場の随所に見られ、オールウェルカムな雰囲気を実感することができました。インクルーシブなアイディアが日常の当たり前に溶け込んでいく現代の東京の多様性を映したものといえるでしょう。

フィナーレは新旧名曲揃いの盆踊!踊らにゃ損の江戸っ子精神でオールウェルカムな大きな輪に
プログラムの最後は、特設「櫓」の周りを囲んでの盆踊。アンバサダーの林家たい平氏も参加し、盛り上がりは最高潮に。

お馴染み「東京音頭」や「炭坑節」、現代のJ-POP・「ダンシングヒーロー(Eat You Up)」、「365日の紙飛行機」そして「東京五輪音頭2020」と世代を超えて踊り継がれる名曲たちに身を委ね、帰りがけのサラリーマンや大きなリュックを背負った外国人観光客など東京駅を偶然行き交う人々までも巻き込みながら、初めは小さかった輪がどんどん大きくなっていく様は圧巻でした。

祭りに多様性や個性があるように、人間同士もその人らしさを受け入れ合いながら、共に心躍る時間を共有し、東京の魅力を感じられた「TOKYO わっしょい」。
時代の移り変わりとともに変化しながらも継承されてきた江戸の楽しみを現代の東京で皆で分かち合う様子は、歴史を感じつつも今の時代に生きる私たち自身の生活や思い出に根差し、また新たな文化との出会いに喜びを感じる豊かさを確かめ合っているようにも感じられました。
撮影・文:前田真美
TOKYO FORWARD 2025 文化プログラム 「TOKYO わっしょい」
- 開催時期:2025年9月12日(金)~ 9月14日(日)
- 開催場所:行幸通り(東京都千代田区丸の内2丁目2)
- 主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京